チャイナエアライン120便炎上事故

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チャイナエアライン120便炎上事故, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=1121974 / CC BY SA 3.0

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チャイナエアライン120便炎上事故(チャイナエアライン120びんえんじょうじこ)とは、2007年8月20日に日本の沖縄県那覇市にある那覇空港で発生した航空事故である。
台湾(中華民国)の台湾桃園国際空港発那覇空港行きのチャイナエアライン(CI/CAL)120便(ボーイング737-800型機)が、那覇空港到着直後にエンジンから出火し爆発、炎上した。
事故機には乗員・乗客165名が乗っていたが、火災が広がる前に全員が脱出したため、機体は全焼したが死者は出なかった。
2006年に広島空港で撮影された事故機(ボーイング737-800型機 B-18616) (以下、時刻表記は日本標準時である) チャイナエアライン(以下、CI)120便は、午前10時27分に那覇空港滑走路18に着陸後、41番スポットまでタキシングしたが、その途中で機体右側の第2エンジンから煙が出ているのを管制官が目撃。
また地上にいた整備士は第1エンジンから燃料が漏れているのを確認し、機体にインターコムを接続して機長に緊急脱出を要請した。
午前10時32分に第2エンジンから出火した。
機体は午前10時34分に41番スポットに停止したが、乗客の緊急脱出中に第2エンジンが激しく炎上した。
火は地上に流れ出た燃料に燃え広がった後、風下にあたる左側の第1エンジンに燃え移り、午前10時35分に機体が爆発・炎上した。
飛行場を管理する航空自衛隊那覇基地は所属消防小隊を出動させ破壊機救難消防車で消火にあたった。
そのほか空港内の航空局消防隊、管轄の那覇市消防本部、更に浦添市、糸満市、豊見城市、東部消防組合、島尻消防・清掃組合の各消防本部から消防隊が出動し、火はおよそ1時間半後に消し止められたが、機体はほぼ全焼した。
乗客は全員が機外へ脱出し死者は出なかった。
脱出に要した時間については国際基準である「90秒ルール」(英語版参考記事)は守られたということにはなっているものの微妙な食い違いがあり、正確な時間は不明である。
CIは60秒としているが、国土交通省の報告は約2分としている。
爆発時まで機内に残っていた運航乗務員2名のうち、副操縦士はコックピットの左の窓からの脱出を試みたが既に炎が強く、右の窓から身を乗り出したところでためらい、その後に起きた爆発のショックを受けて地面に落下した。
最初の爆発の際、操縦席は爆風の直撃を免れており、直後に機長も飛び降りた。
このような際どい場面もあった他、乗客の男性と女児が脱出後に気分が悪くなり病院に搬送された。
また客室乗務員1名が爆風で転倒し、事故発生時現場に居合わせた地上の整備員1名が負傷した。
地上業務をCIから委託されていた日本航空(以下JAL)系列の日本トランスオーシャン航空やその他のJAL系列会社の地上職員が脱出の手助けを行った。
また、機長は避難誘導の機内アナウンスを行わず、直接乗務員に避難を指示させた。
これについて機長本人は適切な判断だったとしているが、日本のマスコミは誘導方法として問題があると評した。
この事故を受けて那覇空港は一時滑走路が閉鎖されたが、事故当日の午前11時頃までに規制は解除された。
事故発生の際、那覇空港事務所が那覇市消防本部への119番通報を失念していたことが後日判明し、そのため近くの瀬長島にいて事故を目撃した非番職員によって那覇市消防本部に初めて連絡が入り、消防が出動している。
日本放送協会(NHK)の総合テレビとテレビ東京を除く各キー局では、報道特別番組を編成して対応した。
第89回全国高等学校野球選手権大会のテレビ中継(準決勝第一試合、広陵高校vs常葉学園菊川高校戦)を行っていたNHKと朝日放送では、NHKではもともと一部時間帯で放送されている教育テレビでの放送に一時振り替え、朝日放送では一時中断して関連ニュースを放送した。
各局のニュースでは140便・676便・642便・611便など、CIの過去の事故と併せて報道した。
炎上事故が起こった場所が国内線ターミナルビルの北ウイングに面していて、同ウイング2階にある搭乗待合室や同ターミナルビル3階の見学者デッキからよく見える場所だったため、ビデオカメラや携帯電話で事故の様子を撮影していた利用…

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